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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)8308号 判決

原告 長井義雄

右訴訟代理人弁護士 在間秀和

同 甲田通昭

同 松本健男

被告 北港タクシー株式会社

右代表者代表取締役 伊藤政信

右訴訟代理人弁護士 平山明彦

主文

一  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和五四年九月以降毎月二七日限り、一か月金二二万七一七〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項記載の金額の七割の限度において仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  主文第一ないし三項と同旨。

2  第二項につき仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  被告(以下、被告会社ともいう。)は、肩書地に本社を有するタクシー会社であり、昭和五四年八月現在の従業員数は、約三五〇名であった。

2 原告は明治四二年八月一日生の男子であり、昭和四〇年一月一八日、被告会社にタクシー乗務員として雇用され、以来一四年間余り被告の従業員としてタクシー運転の業務に従事してきた。

二  被告は、昭和五四年七月二日、原告に対し、「同年八月二〇日付で定年退職の扱いとする」旨の通告をなし、以来、原告を被告の従業員として扱わない。

三  原告は、右通告当時、被告から、毎月二七日限り一か月平均金二二万七一七〇円の賃金を支給されていた。

四  よって、原告は、被告に対し、原告が被告の従業員としての地位を有することの確認及び昭和五四年九月から毎月二七日限り賃金として一か月金二二万七一七〇円の割合による金員の支払を求める。

(請求原因に対する認否)《省略》

(抗弁)

一1  被告は、交通労連北港タクシー労働組合(以下、交通労連労組という。)との間で、昭和五三年一〇月四日付をもって次のような定年退職に関する協定(以下、本件定年協定という。)を締結した。

第一項 乗務員の定年を五九才とする。

第二項第一号 定年以降、本人が希望し、会社が認めた者に限り一年毎の更新により、三年を限度として嘱託雇用する。

第二号 賃金及び労働条件は、昭和五一年一一月二〇日付協定書どおりとする。

第三号 現在定年以降に入社し、一般乗務員(嘱託でない)と同様取扱いをしている者については、現在を満五八才として取扱い定年以降の嘱託延長はしない。

2(一)  被告は、原告が被告会社に雇用された昭和四〇年一月一八日当時、就業規則において、「従業員の定年は満五五才とし、本人が満五五才に達したる日をもって退職日とする。」旨規定していた。

(二) 原告は、右雇用時において満五五才五か月であったから、右本件定年協定第二項第三号所定の定年以降に入社した者に該当し、本件定年協定締結時満五八才として取扱われることとなり、よって、昭和五四年八月一日の到来をもって満五九才とみなされることとなる。

3  そこで、被告は、原告に対し、同年七月二日、同年八月二〇日付で定年の扱いとする旨意思表示をした。

二1  仮に、右主張が認められないとしても、被告は、本件定年協定締結後、就業規則において、「従業員の定年は満五九才とする。ただし、必要により嘱託または臨時雇として期間を定めて再雇用することがある。」旨規定した。

2  原告は、昭和五四年八月一日、満七〇才に達したので、右就業規則の規定の適用を受け、定年退職又は定年解雇されることとなるので、被告は、原告に対し、前記抗弁一3記載の意思表示をした。

三1  仮に、右主張が認められないとしても、被告は、前記抗弁一3記載のごとく、原告に対し、一か月以上の予告期間をおいて解雇する旨意思表示をしたから、原告は、昭和五四年八月二〇日をもって解雇された。

2  原告に対する右解雇の意思表示には、次のとおり正当理由がある。すなわち、

(一) 被告の全従業員及び従業員をもって組織される組合(交通労連労組、全自交北港パシフィックタクシー労働組合(以下、自交総連労組という。)、総評全国自動車交通労働組合大阪地方連合会北港タクシー労働組合(以下、全自交労組という。)は、定年制を認めており、また、タクシー業界において、定年制を定めない会社はない。

(二) 多数の労働者を使用する企業において、その事業を合理的に運営するためには、多数の労働契約関係を集合的、統一的に処理する必要があり、この見地から労働条件についても、統一的かつ画一的に決定する必要が生じる。

(三) 被告は、労使の再三にわたる団体交渉を経て、労働協約、就業規則により、従業員の定年制の基準を決定し、従業員の定年を満五九才と定めたのであり、その手続及び右年齢について不合理なところはない。

(四) 原告の年齢は、昭和五四年八月一日現在で満七〇才であり、タクシー乗務員として、精神的、肉体的にもその限界にあると客観的に考えられるし、タクシー業界の通念上も是認されるところである。

(抗弁に対する認否)《省略》

(再抗弁)

一  抗弁一に関し

1 労働組合は、本来、組合員の労働条件等を維持改善することを目的とするものであるから、労働組合が個々の組合員の地位、身分に重大な変動を生じさせる事項について労働協約を締結し、又は組合員にとって労働契約の内容となっている労働条件(既得権)より不利な条件で右協約を締結し、もって右既得権を処分するについては、個々の組合員の授権がない限り、これをなし得ないものである。

本件定年協定は、定年退職といういわば個々の組合員の身分、地位に重大な変動を生じさせる事項を内容とするものであり、とりわけ、本件定年協定第二項第三号の規定は、一般的に組合員に適用されるものではなく、組合員の中でも、特に、定年を越えて雇用された原告を含む数名の一般乗務員を退職させるということを内容とするものである。さらに、原告は、被告会社の一般乗務員としての身分を有するに止まらず、被告会社との間において、後記二記載の特約を結んでいるのである。

よって、交通労連労組は、原告を定年によって退職させるという結果を生じさせる本件定年協定第二項第三号を締結するについては、原告の授権を受けなければならないのに、これを受けずに右協定を締結したのであるから、右協定の規定は、原告に対し、その効力を及ぼさない。

2 原告は、被告会社に雇用されると同時に、交通労連労組に加入したが、昭和五四年四月一八日、右組合を脱退し、同年五月、全自交労組に加入した。よって、交通労連労組との間に締結された本件定年協定は、原告に対して効力を及ぼさない。すなわち、

(一) 本来、労働協約の効力の及ぶ範囲は、労働組合においては、当該組合員に限られること当然であり、脱退組合員にもその効力が及ぶ場合は、当該組合員と使用者との間でその協約内容が労働契約内容として効力を持ち続けられる場合である。本件では、まさに、従来原告が得ていた労働条件を剥奪する内容の右協定に承服できないとして組合を脱退したのであるから、原告は脱退と共に本件定年協定の拘束力から離脱するものと考えざるを得ない。

(二) 原告は、交通労連労組脱退後、全自交労組に加入したのであるが、その事実は、原告が前者の組合の団結意思から脱して新組合のそれに従うという事実を意味する。労働組合の組合員数の多少に拘らず、それぞれの組合について団結権が保障される以上、当該労働者が別組合に加入したのであれば該組合の団結意思に従うのが当然であり、以前に加入していた組合の組合員に対する拘束力を持続させるべき根拠は全くない。従って、少なくとも原告が交通労連労組を脱退し、全自交労組に加入した段階で本件定年協定の効力は遮断されるといわねばならない。

二  抗弁二に関し

原告は、被告会社に雇用される時、被告との間で、当時存在した被告会社の就業規則における定年制の規定の適用を排除し、心身の状態が客観的にタクシー乗務に耐えられなくなる時期まで継続雇用するとの特約を結んだ。すなわち、

原告は、被告会社に雇用された昭和四〇年一月一八日当時の年齢が満五五才五か月であり、被告会社の就業規則に定める定年の年齢である満五五才を超えていたので、採用の際の面接において、被告会社川田常務取締役、同岡田総務部長に右定年の年齢を超えていることについて尋ねたところ、川田常務取締役らは、原告に対し、「就業規則では一応五五才が定年となっているが、高齢者でもタクシー乗務ができればよい、当社では他の会社のような定年はない、あなたは、タクシーに乗務ができる間働いてもらえばよい。」旨返答した。右の当時は、タクシー運転手の人手不足の時期であり、被告は、右就業規則の規定に拘らず、「年齢不問、高齢者優遇」等の看板を掲げて運転手を募集し、他にも原告同様に高齢者を採用していた。その後、右就業規則の定年に関する規定は、昭和四七年九月頃、満五七才(ただし、同年五月一七日に遡って実施)、昭和五三年頃に満五九才に改められたようであるが、原告は、右の各時期にはいずれも右定年の年齢を超えていた。しかし、被告は、右各時期には、原告に対し、定年の年齢を超えていることを理由に解雇するなどの意思表示をしなかった。

三  抗弁三に関し

原告は、定年退職の通告受領時には六九才であったが、身体はすこぶる健康で、業務に十分従事し得るとの客観的な診断を得ており、しかも入社以来、欠勤、遅刻、事故も皆無で極めて良好な勤務状態であり、さらに、営業成績も会社の平均営収額を大きく上回る上位ランクに位置しており、被告から解雇される根拠は全く存在せず、本件解雇は解雇権を濫用してなされた無効なものである。

(再抗弁に対する認否)

一1  再抗弁一1は争う。

定年制は、労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に含まれることは明らかであり、労働協約が定める右基準は規範的効力を有しているから、本件定年協定は、原告を拘束する。

また、労働組合に労働条件基準定立の機能を承認するのでなければ、労働組合の存在意義は否定され、労働条件の統一的画一的処理は困難となり、集団的労使関係は成り立ち得ず、集団的組織的現象もすべて個別的労使関係の問題に還元されてしまう。従って、労働組合が諸般の事情からみて不利益変更もやむなしと判断し、同意した労働条件については、その合意を有効と認めるのが集団的労働関係の法理というべきであるところ、労働者に有利な個別的労働条件について、個々の組合員の労働組合に対する授権がない限り、労働組合は処分する権限を有しないという原告の主張は失当である。

さらに、労働組合法(以下、労組法という。)一六条が労働協約に定める労働条件等の基準に反する労働契約の部分を無効とし、右無効となった部分は右基準の定めるところによると規定し、労働協約に定める労働条件等の基準を最低基準とはしていないこと及び労働組合の統制に従って行動するところに団結権保障の意義があり、組織統制を乱す有利な個別的な労働条件の存在を認めるべきでない。

2  同一2の冒頭主張事実のうち、原告が交通労連労組に加入していたこと、その主張の年月日頃、同組合を脱退し、全自交労組に加入したことは認め、その余は争う。

同一2(一)は争う。本件定年協定は、定年制という労働条件について、再三にわたる労使間の団体交渉の結果締結されたものであり、協定当事者たる交通労連労組から脱退した原告に対しても、右協定の存続中は引続きその効力を及ぼすのであり、そのように解するのが通説である。

同2(二)は争う。原告が交通労連労組を脱退し、全自交労組に加入したという事実のみで本件定年協定の効力は遮断されない。被告と全自交労組との間に原告の定年についての協定が締結されていない以上、労組法一七条による一般的拘束力(拡張適用)を受ける。すなわち、被告と交通労連労組及び自交総連労組との間には、本件定年協定又はこれと同旨の協定が締結されており、右両組合員数(一の事業場に使用される同種の労働者数)は、優に四分の三をこえるのであるから、原告が全自交労組(その組合員数は、昭和五四年八月現在で四名)の組合員であるということだけで、本件定年協定の効力が遮断されることはない。

二1  同二のうち、原告は、被告会社に雇用された昭和四〇年一月一八日当時、満五五才五か月であったこと、当時、被告会社の就業規則が満五五才を定年と定めていたこと、その後、右就業規則上の定年の定めが昭和四七年九月頃に満五七才に(ただし、同年五月一七日に遡って実施)、昭和五三年頃に満五九才に改訂されたこと、右の各時期には原告はいずれも右年齢を超えていたことは認め、原告主張の定年制の規定の適用を排除する旨などの特約を結んだことは否認、その余は争う。

2(一)  雇用契約に定年の定めがないということの意義は、最高裁昭和四三年一二月二五日判決(民集二二巻一三号三四六五頁)が判示するごとく、ただ、雇用期間の定めがないというだけのことで、労働者に対して終身雇用を保障したり、将来にわたって定年制を採用しないことを意味するものではなく、俗に「生涯雇用」といわれていることも、法律的には、労働協約や就業規則に別段の規定がないかぎり、雇用継続の可能性があるということ以上には出でないものであって、労働者にその旨の既得権を認めるものということはできないのであり、原告に定年制の適用が排除される既得権などあり得ない。

(二) 原告が採用された当時の被告会社の就業規則七八条は、そのただし書に、「会社の都合により定年を延長することがある。」と定めていたのであるから、原告は、採用時、満五五才五か月であったとしても、定年の満年齢の延長は別として、定年制の適用があり、また、全従業員に定年制の適用があることは労使慣行として確立していた。

なお、当時、労使間で定年延長の話題がもたれていたが、未だ協定成立には至っていなかった実情であった。

(三) 原告に定年制が適用されていることにつき、さらに具体的に述べるに、原告は、雇用契約を一年毎に更新し、退職金不支給との雇用条件の嘱託乗務員として採用されたのであり、従って、原告の採用時に就業規則の定年制規定の適用が排除されるなどということはあり得ない。

また、被告の従業員は、全員、労働協約、就業規則により定年制の適用のあることを当然として受入れているし、原告が加入している全自交労組すら、本件定年協定が定める満五九才定年が有効であることを前提として、これをさらに満六〇才定年とするよう被告に団体交渉を申入れているくらいである。

さらに、原告と同一条件で、すなわち、就業規則に定める定年の年齢を超えて採用された者は、すべて定年制の適用があることを認めたうえ、本件定年協定に基づき、嘱託となり、また、定年退職をした。

三  同三は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二1  抗弁一の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、再抗弁一1について検討する。

《証拠省略》を総合すると、被告会社は、昭和三二年一一月二〇日から実施した就業規則(以下、旧就業規則という。)において、定年を満五五才と定め、「本人が満五五才に達したる日を以って退職日とする。」と規定していたが、昭和四七年九月一九日、交通労連労組との間で、右定年の満年齢を二才延長し、満五七才とする旨の協定を締結し(ちなみに、被告会社は、その頃、同社に存在したもう一つの労働組合である自交総連労組とも右同旨の協定を締結した。)、さらに、昭和五三年一〇月四日、交通労連労組との間で、本件定年協定を締結した(ちなみに、自交総連労組との間において、同年九月一八日、右と同旨の協定を締結した。)こと、本件定年協定は、第一項において、乗務員の定年を五九才とするとし、第二項第一号において、定年となった乗務員でそれ以降、本人が希望し、会社が認めた者に限り一年毎の更新により、三年を限度として嘱託雇用するとして年限を限りながら再雇用の道を開いているが、同項第三号においては、本件定年協定締結当時、定年以降に入社し、一般乗務員(嘱託でない)と同様の取扱いをしている者については、現在を満五八才として定年以降の嘱託延長はしないと規定しているところ、右規定の意味するところは、被告会社に雇用された時点において、既に、当時実施されていた就業規則に定める定年の年齢を超えていた一般乗務員は、本件定年協定締結日である昭和五三年一〇月四日を、実際の年齢如何に拘らず満五八才とみなし、右協定締結日以降に到来する右乗務員の誕生日をもって満五九才とみなし、同日を定年退職日とするというものであり、従って、右該当乗務員は、後記就業規則二七条の規定と相俟って、結局のところ、昭和五三年一〇月四日から一年内に定年退職することと定められているに等しいこと、右協定第二項第三号に該当する一般乗務員は、当時、原告の外、酒生善浄(明治四五年一月五日生)、森本正(大正三年三月二日生、昭和四六年一月一九日入社、入社時満五六才一〇か月)、岡本義雄(明治四四年八月一八日生。昭和四六年五月九日入社、入社時満五九才八か月)、島田正也(明治三七年一一月一五日生。昭和四三年二月二一日入社、入社時満六三才三か月)であり、右のうち酒生を除くその余の四名はいずれも交通労連労組の組合員であるところ、森本、岡本及び島田は、いずれもそれぞれの誕生日頃(森本においては、昭和五四年三月二日、岡本においては、同年八月二〇日、島田においては、同年一一月二〇日)、定年を理由に任意退社願を提出して退職したこと(なお、酒生は、昭和五四年一月二〇日、嘱託雇用期間満了を理由に退社願を提出して退職した。)、被告会社の就業規則は、昭和四三年一〇月二一日に改訂された(以下、改訂後の就業規則を新就業規則という。)が、新就業規則によると、二八条において、従業員を解雇する場合を列挙するのに対し、二七条において、「従業員が次の各号の一に該当する事由があるときは、退職とする。」とし、その二号において、「停年に達し、特に延長されないとき(停年に達した日の翌日をもって退職日とし、三〇日前に予告する)」と規定していること、以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、労働組合は、使用者との間において、労働条件その他に関し労働協約を締結することができるのである(労組法一四条参照)が、その内容について、何をどのように決めるかは、労働組合の規約及び就業規則が労組法五条二項及び労働基準法八九条において法定されているのと異り、全く当事者の自由に委ねられているかのごとくである。しかし、労働組合は、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることをその目的として組織された団体である(労組法二条)ことからすると、労働組合が使用者との間において労働協約を締結する権限にも、自づとその限界が存し、右のような目的の範囲内に限られるべきものであるということができる。従って、労働組合が現に、期間の定めなく、継続して雇用されている従業員(組合員)に関する雇用契約を解約するなど右契約を終了させ、又はそのような結果を当然に生ぜしめるような労働協約を締結することは、到底、右目的の範囲内に属するものということはできない。けだし、従業員が使用者との雇用契約を終了させるかどうかは、当該従業員にとってその地位を根底から覆し、最終的には生存にかかわるやもしれぬ極めて重要な事柄ということができ、それ故、右従業員の任意な意思によって決定すべきことであるから、たとえ労働組合といえども、これに干渉し、右従業員(組合員)を拘束するようなことはできないものといわなければならない。しかして、たとえ労働組合が内部的に多数決によって、当該組合員にかかる雇用契約を終了させ、又はそのような結果を生ぜしめる労働協約を締結することを決定し、使用者との間でその旨の労働協約を締結したとしても、右組合員が右協約を締細することに同意し、又は労働組合に対し特別の授権を与えることがない限り、右協約の効力は、右組合員には及ばないものというべきである。

そこで、本件定年協定の効力が原告に及ぶかどうかについて按ずるに、前記認定事実によると、本件定年協定第一項は、被告会社において、少なくとも昭和三二年一一月二〇日以降制定、実施されている定年制、すなわち、満五五才に達した日をもって退職日とするとの定年の年齢を、昭和四七年に締結された協定における定年の年齢(満五七才)よりさらに二才延長して満五九才とするものであることからすると、未だ右定年の年齢に達していない一般の組合員との関係においては、労働者の待遇を改善したこととなり、何ら前記説示のような労働協約締結の目的に反するものではないということができる。しかし、本件定年協定第二項第三号は、被告会社に雇用された当時、既に定年の年齢を超過していた従業員に対し、本件定年協定第一項の定年の年齢を適用するために設けられた規定であり、右協定第二項第三号の規定を交通労連労組の組合員である原告、森本正、岡本義雄及び島田正也(以下、原告らという。)に適用した場合、被告会社の新就業規則が定年に達し、特に延長されないときは当然に退職する(雇用契約の終了)ものとし、かつ、右協定第二項第三号において、原告らの場合には定年以降嘱託延長しないと規定していることに照らすと、原告らは、昭和五三年一〇月四日以降一年内に到来する誕生日の翌日をもって、被告会社を当然に退職することとなるのである(ただし、島田正也においては、さらに一年その適用が見合わされ、一年経過後の誕生日の到来をもって退職したものと認められる。)。ところが、原告らは、いずれも被告会社の就業規則の定める定年の年齢を超過して雇用されたものであるとはいえ、少なくとも、本件定年協定締結時においては、一般乗務員としての取扱いを受けていることからすると、何ら正当な理由もないのに何時なりとも解雇されることに同意せざるを得ないというような不安定な地位にもなかったものというべきであるから、その雇用契約は、通常の期間の定めのないものであったといわなければならない。そうすると、本件定年協定は、原告らの期間の定めのない雇用契約を一定の猶予期間をおいた後に当然に終了させる結果を生ぜしめるものであるから、交通労連労組は、右協定を締結するについては、原告ら対象者の同意又は特別の授権がなければ締結し得ないものであるというべきである。のみならず、特に、原告に限ってみるならば、原告は、後記三2認定のごとく、被告会社に雇用される際、同社との間において、旧就業規則の規定する定年制規定の適用を排除し、特に、原告が一定の年齢に達したことのみを解雇等雇用契約終了の事由とはしない旨の約定をなしているものであるところ、前記説示のごとく、本件定年協定は、原告が満七〇才に達した日を満五九才に達した日とみなして被告会社を定年退職するに至らしめるものであることからすると、本件定年協定締結前に原告が被告会社と締結した雇用契約によって取得した契約上の地位に相反するものということができる。この場合、原告が被告に対し取得した雇用契約上の地位は、特段の事情のない限り、保護されなければならず、特に、本件定年協定を優先させるべき事情も見当らない本件においては、この点からしても、交通労連労組は、本件定年協定を締結するについて、原告の同意又は特別の授権がなければ締結し得ないものといわなければならない。原告は、交通労連労組に対し、右同意又は特別の授権を与えていないことは明らかである(原告本人尋問の結果)。よって、本件定年協定は、原告に対し、その効力を及ぼすものでないといわなければならない(なお、原告らのうち、森本正、岡本義雄及び島田正也は、右定年の年齢とみなされた年齢の到来したことを理由に任意退社願を提出して退職したことからすると、右同人らは、本件定年協定を黙示のうちに承認したものと認めるべきであり、よって、右協定の効力を受けて退職したものと解するのが相当である。)。

3  さらに、念のため、再抗弁一2について考察を加えておくに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、被告会社に雇用されると同時に、交通労連労組に加入したが、昭和五四年四月一八日、右組合を脱退し、同年五月、全自交労組に加入したこと(ただし、原告が交通労連労組に加入していたが、昭和五四年四月一八日、右組合を脱退し、その後、全自交労組に加入したことは、当事者間に争いがない。)、全自交労組は、被告会社との間において、本件定年協定のような定年制に関する労働協約を締結していないことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、労働協約は、原則として、労働協約の当事者である当該労働組合に所属する組合員に対し、その効力を及ぼすものであるところ、右組合員が右組合を任意脱退した場合、未だいずれの労働組合にも所属しない段階においてはとも角、他の労働組合に加入したときは、以後新たに加入した労働組合の規律、統制の下におかれ、従前において所属した労働組合の労働協約の効力は、右組合員に及ばないものと解するのが相当である。

よって、原告は、交通労連労組を脱退し、満七〇才に達する以前の昭和五四年五月に全自交労組に加入したのであるから、本件定年協定は、原告に対し、その効力を及ぼさないものというべきである。

なお、被告は、被告と全自交労組との間に原告の定年についての協定が締結されていない以上、労組法一七条の規定(一般的拘束力)により、本件定年協定が適用される旨主張するので考察するに、被告と全自交労組との間に定年制に関する労働協約が締結されていないことは前記認定のとおりであるところ、被告主張のごとく、被告会社との間に、本件定年協定又はこれと同旨の労働協約を締結した交通労連労組及び自交総連労組の組合員数が労組法一七条所定の「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数」であるなど同法条の要件を満たすものであったとしても、原告が全自交労組の組合員である以上、右組合の団結権、団体交渉権等を尊重する必要があるため、労組法一七条は、適用されないものといわなければならない(大阪地裁昭和五四年五月一七日判決・労働関係民事判例集三〇巻三号六六一頁、大阪高裁昭和五五年四月二四日判決・同判例集三一巻二号五二四頁参照)。

よって、本件定年協定の一般的拘束力をもって、右協定の効力が原告に及ぶとする被告の主張は、失当というべきである。

4  以上、検討し来たったところから明らかなごとく、原告の再抗弁一は理由があり、よって、本件定年協定は、原告に対し、その効力を及ぼすものでないといわなければならないから、右効力が原告に及ぶことを前提とする被告の主張(抗弁一)は、理由がないことに帰するのである。

三1  次に、抗弁二(なお、その趣意とするところは、要するに、被告会社の就業規則は、原告を含め従業員全員に対し適用されるところ、右規則に定める定年の年齢を超過している原告について、被告が満七〇才に達した時点においてこれを適用し、定年解雇又は定年退職の扱いをすることができるというものであると解する。)について検討する。

《証拠省略》を総合すると、抗弁二1の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

また、被告は、昭和五四年七月二日、原告に対し、原告が同年八月一日をもって満七〇才に達するので、同月二〇日付で定年の扱いとする旨意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、再抗弁二について検討する。

(一)  原告は、被告会社に雇用された昭和四〇年一月一八日当時、満五五才五か月であったこと、当時、被告会社の旧就業規則は、満五五才を定年と定めていたこと、その後、右就業規則上の定年の定めが昭和四七年九月頃に満五七才に(ただし、同年五月一七日に遡って実施)、昭和五三年頃に満五九才に改訂されたこと、原告は、右各改訂時期において、いずれも右年齢を超えていたこと、以上の事実については、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告が被告会社に雇用された昭和四〇年一月当時、被告会社において実施されていた旧就業規則によると、第五条において、従業員の職種として、職員、準職員、乗務員、整備工、雑役夫の五種を定め、また、第六条において、従業員の雇入要領として、「1当社に就職を希望する者の内より詮衡し、試験に合格したるものを臨時雇として採用する。2臨時雇期間は2ヶ月とする。但し会社の都合に依り臨時雇契約を更新して臨時雇期間を延長することがある。3前各項の臨時雇の者の内より再び詮衡試験を行い、本雇に採用する。」と定め、第七条において、雇入れの際に提出すべき書類(履歴書、健康診断書、戸籍謄本、身元調査書、誓約書、写真、雇用契約書など)について定めているが、被告主張にかかる雇用条件のもとに雇用される嘱託乗務員については何らの規定もないこと、被告会社の就業規則の規定上、嘱託乗務員に関する定めがなされたのは、昭和四三年一〇月二一日から実施された新就業規則においてであり、それも従業員の定年の年齢について規定した条文(二二条)のただし書において、定年になった職員を「必要により嘱託または臨時雇として期間を定めて再雇傭することがある。」と規定しているにすぎないこと、原告は、被告会社に雇用されるに際し、前記旧就業規則に規定された書類を被告会社に提出し、二か月の試採用(臨時雇)期間を経て、昭和四〇年三月二一日、本採用となったこと、原告は、右雇用される際に、被告会社の岡田総務部長、三宅所長、川田常務取締役の面接を受けたが、その際、被告会社側から賃金、勤務時間について説明を受け、併せて「被告会社には定年制度があり、五五才で辞めてもらうようになっているが、あの規則は、他の会社もしていたので、うちもということで軽い気持で作った。やってみると人が集まらん。実質的で働きたい人なら年齢は問わない。また、会社には、試採用という制度があり、約二か月位期間を置く、その間に成績が悪かったり、興信所の身元調査の結果が駄目なら採用しない。」、「年齢は問わないが、会社は、営業方針として三つの条件を提示している。一つは、出勤が確実な人であること、二つは、事故を頻繁に起す人は会社の信用にかかわるから退社してもらう、三つは、年齢オーバーしている、していないよりも、業界の実質的な制度として、完全月給制ではなく、年功給でもない。本人の努力の返却分が本人の給料になる。人並についていけるという気のある間はきてくれ。定年制は名目だけだ。運転手には、定年制があっても定年まで勤めない。」、「退職金は、規定により、勤続年数によって支給する。しかし、微々たるものです。」と告げられたこと、ちなみに、原告が雇用された当時、被告会社は、乗務員不足の状況にあり、また、同社の乗務員募集の貼り紙には、「年齢問わず」と記載されていたこと、原告は、被告会社に雇用されて以後、被告会社のタクシー又はハイヤーの運転業務に従事していたが、その間、被告会社から原告の雇用期間が一年であるから、これを更新する必要がある旨を告げられ、或いは右更新・再契約などの手続をとるということがなかったこと、昭和五〇年一二月、被告は、ハイヤー台数を減らす必要があり、そのためにハイヤー乗務員の中からタクシー乗務員に職務を変更する者を選択し、その氏名を書面に記載して掲示したが、その中に原告が含まれており、その際、原告は、原告の氏名欄に「嘱託」と記載されていることを見付け、昭和五一年一月六日、被告に対し、原告が嘱託乗務員ではない旨を主張したところ、被告会社の夏田労政部長は、これを容れ、「こういう紛らわしいものをつけとくのはややこしい。本人にとっても不都合だから破棄します。」と告げて、被告会社に保管されていた雇用契約書を破り棄てたこと、被告は、原告に対し、原告が昭和四〇年一月一八日から雇用されたものとして退職金を算出し、供託していること、以上の事実を認めることができ、証人夏田巧の証言のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前記当事者間に争いのない事実及び右認定事実を総合すると、被告会社は、旧就業規則において、満五五才をもって定年退職すると規定し、所謂定年制を採用していたものであるところ、原告は、右年齢超過後において、被告会社に雇用期間を定めることなく雇用されたものであるが、その際、被告会社との間で、被告の採用する定年制規定の適用を排除し、特に、原告が一定の年齢に達したことのみを解雇等雇用契約終了の事由とはしない旨約したものと認めるのが相当である。原告は、被告との間で、原告が心身の状態が客観的にタクシー乗務に耐えられなくなる時期まで継続雇用するとの特約を結んだ旨主張するのであるが、右主張の趣意は、要するに、(一)一定の年齢に達したことのみをもって雇用契約の終了事由とはせず、(二)原告の心身の状態が客観的にタクシー乗務に耐えられなくなった時又はそのことをもって雇用契約の終了時又は終了事由とし、(三)その時期が到来するまで継続雇用するとの特約をいうものと解することができるところ、前記事実からすると、右主張は、右認定のごとく、右(一)の限度において認めることができるものの、これを超えて、右(二)及び(三)の特約を合意したものとまで認めることはできず、外に右(二)及び(三)の特約を認めるに足る証拠はない。

なお、被告は、最高裁昭和四三年一二月二五日判決を引用し、雇用期間の定めがないというだけで、定年制の適用が排除される既得権などあり得ないと主張するので考察するに、確かに、雇用期間の定めがないというだけで、一定の年齢に達したことを解雇等雇用契約の終了事由とする定年制を設け、適用することを排除するものでないことは明らかであるが、雇用期間の定めがない雇用契約において、右認定のごとく、現に就業規則において規定されている定年の年齢を超えて雇用し、将来においても、一定の年齢に達したことのみをもって解雇等雇用契約終了の事由とはしない旨の約定をなすことは許されるものというべきであり、右のような合意をなすことによって定年制を排除することとなったとしても、何ら右最高裁判例に牴触するものではないことは明らかである。

次に、被告は、旧就業規則七八条ただし書の規定(「会社の都合により定年を延長することがある。」)が存在することをもって、原告の雇用時における年齢が満五五才五か月であったとしても、定年の年齢の延長は別として、定年制の適用があった旨主張するものであるところ、右主張は、要するに、原告は、旧就業規則の定年の年齢を超えて雇用されたが、それは、右規則七八条ただし書の規定によって定年の年齢が延長されたものと解すべきであって、一定の年齢に達したことをもって解雇等雇用契約終了の事由とする定年制の適用までも排除したものではないとの趣旨であると解することができるのであるが、原告が被告会社に雇用される際、被告主張の右就業規則の規定を前提として、被告会社から原告について定年を延長するものである旨を告知したこと等右主張事実を認めるに足る証拠はなく、かえって、前記認定のごとく、原告は、将来においても、一定の年齢に達したことのみをもって解雇等雇用契約終了の事由とはしない旨の約定をなしたものというべきであるから、被告は、原告について、右就業規則七八条ただし書の規定に従い、定年の年齢を延長し、定年制を適用したものということができない。

また、被告は、全従業員に定年制の適用があることは労使慣行としては確立していた旨主張するので考察するに、旧就業規則に定める定年の年齢前の従業員に定年制の適用があることは当然のこととして、原告のごとく、定年の年齢を超えて雇用された従業員について、被告主張のごとく定年制の適用がある旨の労使慣行が成立していたことを認めるに足る証拠はない。

さらに、被告は、原告は雇用契約期間を一年とし、退職金も支給されない嘱託乗務員として採用されたのであるから、旧就業規則の定年制の規定の適用が排除されるなどということはあり得ないと主張するので考察するに、前記認定事実によると、原告が被告会社に雇用された昭和四〇年一月当時、後に新就業規則上明確に規定された嘱託乗務員という雇用形態の乗務員について、旧就業規則上何らの規定がなく、原告が雇用されるに際し、雇用契約期間について何ら告げられることなく、かえって、被告主張によると嘱託乗務員には支給されないという退職金の支給について告げられたうえ雇用されており、その採用手続も一般乗務員と全く同様の手続のもとに採用され、さらに、雇用されて以来、一度も雇用契約を更新するなどという手続をとることもなく、加えて、昭和五一年一月、原告が嘱託乗務員かどうかについて疑義が生じた際にも、被告会社は、特段の異議を唱えることなく原告の主張を容れているのであり、さらに、被告は、原告に対する退職金を、原告を雇用した日である昭和四〇年一月一八日から一般乗務員として雇用したものとして算出し、供託していることを総合勘案すると、原告は、被告会社に当初から一般乗務員として雇用され、以来一四年間余り、正従業員としてタクシー等の運転業務に従事してきたものということができ、嘱託乗務員として雇用されたものであるとの被告の主張は認めることができない。ただ被告会社が書面上原告を嘱託乗務員として記載していたのは、単に被告会社の内部的な事務手続上のことであり、原告との間の雇用契約上の合意までも窺わせるものではないというべきである。しかして、《証拠省略》は、右認定を左右するに足る証拠とまでいうことができない。

(二)  以上検討したところから明らかなごとく、原告は、被告会社との間で、雇用期間を定めることなく、旧就業規則の規定する定年制規定の適用を排除し、特に、原告が一定の年齢に達したことのみを解雇等雇用契約終了の事由とはしない旨の約定のもとに雇用契約を締結したものということができるので、被告が本件定年協定締結後において、就業規則の定年の年齢の規定を満五九才とする旨改訂したとしても、これを原告に適用する余地はないものといわなければならない。

よって、原告の再抗弁二は理由があり、原告に就業規則の定年制の規定の適用のあることを前提とする被告の抗弁二は、理由がないことに帰するものである。

四1  すすんで、抗弁三について検討する。

被告が原告に対し、昭和五四年七月二日、同年八月二〇日付をもって定年の扱いとする旨意思表示したことは当事者間に争いがないところ、被告は、右意思表示をもって、所謂予告解雇として有効である旨主張するので考察する。

《証拠省略》によると、被告会社は、新就業親則二七条において、同条一ないし一〇号所定の事由があるときは当然に退職するものと規定し、従業員を解雇する場合として、同規則二八条において、同条一ないし八号所定の事由があるときは通常解雇(所謂予告解雇である。けだし、同規則二九条は、二八条の解雇に当っては、三〇日前に予告して解雇するか、又は三〇日分の平均賃金を支給して予告期間に換えて即時解雇すると規定している。)を、同規則三一条において、天災事変、その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となった場合には即時解雇を、また、同規則一二七条において、同条一ないし二一号所定の事由があるときは懲戒解雇をする旨規定していること、同規則二八条において規定する通常解雇事由は、精神又は身体の故障、疾病、老衰、虚弱等のため業務に耐えられないと認められるとき(一号)、技術又は能率が低劣であるかその他、具備要件に欠け業務に適しないと認められるとき(二号)、事故を重ね又は重大な過失事故を起して会社に損害を与えたとき(三号)、業務上の都合によりやむを得ない事由があるとき(四号)、届出た住所に居住せず所在不明のとき(五号)、第一四条の規定により、提出した書類(採用時に提出する履歴書等の書類)に虚偽の記載があったとき(六号)、打切補償又は障害補償を受けた者でその傷病又は傷害のため、勤務に耐えられないと認められたとき(七号)、其の他会社の都合によるとき(八号)であることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実から明らかなごとく、被告会社は、従業員が当然に退職することとなる場合と従業員を解雇する場合とを就業規則上明確に区別して規定し、また、従業員を通常解雇(予告解雇)する場合といえども、新就業規則二八条所定の事由がある場合にのみこれをなす旨規定し、より慎重な判断及び手続のもとになすこととしているものということができる。

そこで、被告の右意思表示が予告解雇としての効力を有するかどうかについて按ずるに、被告は、原告に対し、右規則二七条二号に則り、原告が満七〇才に達したことをもって、本件定年協定の規定により定年退職することとなる旨通告していることは、前記一2認定事実及び右争いのない事実から明らかであり、また、右通告内容及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、新就業規則二八条所定の解雇事由の存否については特に判断することなく通告したものであることを容易に推認することができ、さらに、原告は、入社以来、負傷のために二、三か月間休業した以外は欠勤、遅刻はほとんどなく、事故に至っては皆無というすこぶる良好な勤務状態であり、稼働成績も被告会社乗務員のうち上位に位置づけられ、右意思表示がなされた昭和五四年七月当時、健康状態も良好であったこと(《証拠省略》)からすると、新就業規則二八条一号所定の解雇事由(被告の抗弁三2(四))が存在しないことは明らかであり、また、右規則二八条二ないし八号所定の解雇事由が存在しないことは弁論の全趣旨から明らかという外ない。もっとも、被告の抗弁三2(一)ないし(三)の事実は、右規則二八条八号所定の解雇事由の存在を主張するものとも解し得るので考察を加えておくに、前記説示のごとく、従業員が退職するかどうかは、当該従業員の意思を尊重する必要があり、労働組合の多数決を基礎として合意した労使間の労働協約をもって従業員を拘束し得るものではないこと、被告が原告を定年の年齢を超過して雇用したのは、乗務員の人手不足という状況下においてであり、かつ、前記三2認定の合意をなした上で雇用したものである以上、その退職に関しては、単に就業規則の定年の規定等に拘らず個別的な配慮のもとに措置すべきものであるというべきであるから、右主張事実をもって、右規則二八条八号所定の解雇事由に該当するものということはできない。

以上によれば、被告の原告に対する定年退職通知の意思表示は、雇用契約を解約する旨の意思表示と断ずるには疑義があり、定年によって雇用契約が終了する旨の通知にすぎないものと解するのが相当であり、また、被告会社の新就業規則において、通常解雇(予告解雇)といえども、一定の解雇事由がある場合に限りこれをなす旨規定し、より慎重な判断と手続をもって行うこととしているにも拘らず、右解雇事由が存在せず、その存否について特に判断することなく右通告をしているなど通常解雇の重要な要件を欠いているのであるから、通常解雇としての効力も有さないものというべきであり、以上の諸点を総合勘案すると、本来、効力を有さない右定年退職通告の意思表示をもって、予告解雇の意思表示とみなすことは、到底なし得ないものといわなければならず、右結論は、右意思表示がたまたま新就業規則二八条、二九条所定の予告期間をおいていたとしても左右されるものではない。

2  よって、被告の抗弁三は、理由がないものといわなければならない。

五  以上のところから明らかなごとく、被告が原告に対し、昭和五四年七月二日になした同年八月二〇日付で定年の扱いとする旨の意思表示は効力を有さないから、原告は、右意思表示も被告会社の従業員としての地位を有するものであり、かつ、前記当事者間に争いのない請求原因三によると、原告は、被告に対し、昭和五四年九月以降も毎月二七日限り、一か月金二二万七一七〇円の割合による賃金請求権を有するものということができる。

六  以上の次第で、原告の請求は、すべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言については、主文第二項記載の金額の七割の限度において相当と認め、その余については必要がないものと認めこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 松山恒昭)

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